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秋入学は秋入試を採用してこそ意味がある
最近、秋入学が話題になっています。
留学しやすくなるとか。

でも、自分に言わせれば、それは本質ではありません。
秋入学によって、夏〜秋入試が実現することこそ、
秋入学の最大のメリットなのです。

もっと端的に言うと、春に入試をやらないようにする。
それが一番大事なのです。

2000年代前半(少なくとも2002年の3月よりは前)の
蛍雪時代か蛍雪webに、このような記事がありました。
(今、探したのだけれど見つからず・・・)

花粉症のせいで受験勉強に集中できず、
受験に悔いが残っているという学生が大量にいる
というアンケート結果が得られた、と。

受験は、合格する人がいれば、ダメな人もいる。
合格者の数は変わりません。でも、大事なのは、
悔いが残るような受験制度にしないことです。

そのためにも、春入試を止めることには、大きな意味があるのです。
東大の人たちは、その本質を理解した上で議論してほしいものです。
続きを読む >>
| - | 20:55 | comments(0) | trackbacks(0) |
僕は一年前、日本にいれなかった。
一年前、僕はアメリカ西海岸サンディエゴにいました。
twitterをみながら、日本で何かが起きていることに気づき、
そしてその後はNHKを勝手にUstream配信してくれる少年に
感謝しながら、パソコン画面や、当時日本ではまだ発売
されていなかったiPad2の画面に釘付けでした。

その件についてNAVERまとめ
http://matome.naver.jp/odai/2133101089018373101

このまとめは、少年や関係者の行動についてよくまとめているのだけど、
それが実際どのような人を救ったのかは言及がありません。
それはきっとテレビを見れない環境にある人です。

そこでまず思いつくのは、停電した環境にあって、
しかし充電済みの携帯ではこの配信を見ることができた人。
そのような人がどれだけいたのか、僕には分かりません。
ただ、テレビを見れない環境にある人は、他にもいました。

海外にいる日本人です。日本のことが気になってしょうがなくて、
でも日本のテレビは見ることができない。ネットは使えるけど、
でも日本の報道が知りたい。そんな僕らにとって、
この少年が始めたUstream配信は、その後の公式の配信も含めて、
本当に大きな情報源であり、そして心の拠り所になりました。
その意味で、本当に感謝しています。

今回の震災によって、ソーシャルメディアの価値を知ることが
できたという面もあった。そんな評価も聞きます。
同意します。海外にいてそれを痛切に感じました。

しかし、同時に、副作用もあった。

僕は、あまりにもの出来事に画面からの衝撃を受けすぎました。
翌朝から、気が滅入っている自分に気づきました。
それでも画面から目が離せません。ますます気が滅入りました。

それにも関わらず、僕は日本にいません。避難所に行く必要もなければ、
帰宅難民にもなっていません、節電もしなくてよければ、スーパーに
行けば辛ラーメン以外の麺だって売っています。そんな困難が少しずつ
解決されていったとき、少しずつストレスがやわらいでいくとすれば、
僕はストレスのインプットは画面からたっぷり受けたのに、
ストレスを出していく何かを持ち備えていませんでした。

アイデンティティを感じるlocationという問題もあったかもしれません。
日本に住んでいれば、自分の住んでいるエリアというものがあります。
そして自分の隣県の災害は身近に感じるというものがあります。
福岡出身熊本配属の僕は、宮崎県の台風被害に詳しく、一方で東北や
北海道の地震被害のことはあまり興味を持たなかったわけです。
それはきっとニュースの量だけでなく、肌で感じる被害の大きさ
というものがあって、その感じられる度合いが小さいと、
人はそのイベントのウェイトを小さく認識するのではないでしょうか。

ただ、海外に住む僕らにとってアイデンティティを感じるのは、
日本全体だったりするのです。海外に住むことで、ますますそれが
強くなっていたりします。どんな衝撃的な映像をみても熊本にいたら、
ウェイトをちょっとだけでも小さくすることができたかもしれません。
(これは熊本人を批判しているわけではなくて、当然のことだと思います)
それができなかった。これがストレスを抱えた理由なのかもしれません。

この頃、サンディエゴでのクラスメイトは、僕に「家族は大丈夫だった」と
きいてきて、僕は「my family is. but not all the family in Japan is.」
みたいなことを言ってしまっていました。悪いことをしました。
それは心配していってくれるのはわかっているんだけど、でもついつい。
まあ、この感覚は今でも少しあって、今でも僕は東北関係の人には
「家族は大丈夫だった?」と聞けないでいます。
(もちろん、大丈夫だったという話を聞くと、すごくうれしいのですが。)

少しでも滅入る気持ちをどうにかしようと、たしかアメリカ時間3.11の夜は
焼肉を日本人で食べにいきました(3.12だったかもしれないですが)。
チャリティイベントを立ち上げて、大学全体で募金活動もしました。
伊集院さんのラジオをなんとかして聞いたりもしました。
ただなんというか、風邪薬のような、症状を少し弱めても、
何か解決されてない感じというのは残っていたような気がします。

それが影響したのか、様々なコミュニケーションがうまくいかなく
なることもありました。やたらと怒りっぽく、涙もろくなっている自分に、
まずいなという自覚もありました。色んなことが手につかず、
それまで先送りしていたCFA試験の再申し込みは、最終締切を過ぎました。
(まあこれは、そうでなくても見送っていたかもしれませんが)

そしてその三ヵ月後、日本への帰国が迫ってきます。
これは複雑な心境でした。
「これで日本人の輪に入れる」というような安心感のような気持ちと、
でも「海外でも結構ストレスだった」なんていうのは、
絶対に分かってもらえないだろうなーという不安。

帰国してみると、どちらも正解。
余震で地震をミニ追体験したり、反応も日本人らしくなってきたり。
石巻にボランティアに行って、がれきを運んでいると、
日本のためになることをしたという感覚で、少し気が落ち着いたり。
まあ海外で感じたストレスの話はやっぱり理解されない。
でもそういった周りの反応をみながら、自分のポジションを
日本の中に置いていった感覚がありました。

そうやって僕は日本での日常生活に戻ることができました。
東北関係者が普通に生活している中、思いっきり九州・中国関係者の自分が
まあこの辺りかなというところの生活です。

ただ、今年の3.11が近づいてくると、少し不安になったりもしました。
みんなが一年前の経験をそれぞれ思い出す中で、
僕には思い出すべき日本での経験が無い。
まあこの感覚は、これからも毎年消えないでしょう。

だからといってそれを埋め合わせるように、何かイベントに参加するのも…
ちょっと自分には違うのです。
できる限りの日常生活を送りたいなと思ったのです。
それが一年前の自分が一番欲していたものだから。

だから昨日はNAFAセミナーの講師をやって、
夜はその補足ノートを編集して、
今日は朝からTACに行ってCFAリベンジのための勉強して、
そんな自分への応援に女子たちが水道橋に集合してるのか?
なんて少しふざけてみたり、
でも地震の時間だけは外に出て黙祷して、
その後は妹の合格&就職祝いで焼肉。

これが、僕にとって大切な日常なのです。
今年は少し不自然だったかもしれませんけど。

こんな日常を、少しずつ多くの人が過ごせるように
なっていくといいですね。人によっては3.11だけは別にしても。
なんて他人事のように思っていますが、それが僕の素直な気持ちです。

みんなに日常が戻りますように。

おやすみなさい。
よい夜を。
| - | 23:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
ルームランナーで、どんどんスピードアップ。反射した自分の必死の形相を見てふと思い出したのは、福岡のこども病院のこと、心臓病だったこと。
それは小学生のときの話。先天性の心臓病だった俺は、定期的に学校を休んでは、福岡市のこども病院という自分を手術してくれた病院に検診に行っていた。まあ定期的といっても一年に一度か二度か、その程度だったけれど。

その日はいつもの検診に加えて、ルームランナーにのせられた。胸にはいくつもの吸盤をつけて。(いつもは普通の心電図をとるときにつけられるこの吸盤。これをつけられるのが本当にくすぐったくて、過剰に反応していた記憶がある。きっとスタッフの方々は、この子将来は相当なMになるなと思ったに違いない。ふたを開けてみれば、残念ながらそうでもない。)

ルームランナーは少しずつスピードアップ。聞こえてくる心拍数も速くなる。きつくなったら押してねと言われた呼び鈴。それはなんだか「男の子」として悔しかったので押さなかった。そうすると容赦なくスピードは上がっていく。それでも必死に走り続ける。一時間も走ったろうか、ようやく終了となった。

よろよろとルームランナーを下りる俺に先生は言った。「凄いなー。よくこのスピードまで走れたね。学校では運動がすごく得意でしょ?」・・・そんな訳は無い。運動はどちらかというと苦手な方だ。ソフトボールだけは、町内対抗の練習ばかりをしていたので得意だったけど、それ以外は中の下くらいだ。たぶん、ちょっとした我慢の根性だけはあるんだと思う。それに過ぎない。俺の心臓が人よりも強いわけではなく、運動神経がいいわけでもない。

ただその測定結果が出てから「心臓病だったことは、もう気にせずに生活してください。どうぞ遠慮なくスポーツもしてください」と言われて、このことがすごく嬉しかったし、今ではいっそう嬉しい。変な言い方だけど、当時のうれしさ以上に、後から振り返って思い出したときの方が嬉しい。

福岡のこども病院の移転問題に関する委員会で、病院長の発言を聞いていてふと涙してしまうことがある。「コスト」が気になる福岡市、「アクセス」が気になる患者の親がいる中で、「医療の質」の視点を再三説いてくれるのは病院長。

普段の生活で、こども病院に感謝なんてしていない。自分が心臓病だったなんて、多くの時間は忘れて生活している。でもそれができるのは、自分を治してくれたこの病院があるから。この病院に生かしてもらったのは事実。それを意識せずに生活できてしまう幸せ。心臓病だったことを気にせずに生活していいと言ってもらえた幸せ。

だから俺は、これから心臓病を抱えて生まれてくる子供達を、一人でも多く救って欲しいと願う。そしてその子達にも俺と同じ、忘れてしまえる幸せを感じて欲しいと思う。そのための医療環境を整えて欲しいと本当に願う。悪いけど、親には心から感謝しているけど、でも親にはちょっとアクセスが悪かったとしても我慢して欲しかったろうと思う。

子供って残酷ですよね。自分のことを必死に心配してくれた親に対して「少し遠くなるくらい我慢してよ」と言ったり、自分のことを救ってくれた病院のことを「普段は意識してないや。自分が病気だったことも忘れかけている」と言い放ってしまう。

残酷ついでに言えば「俺はそのとき死んでたかもね。でもだとしても仕方ないな、きっとみんな俺を救おうと頑張ってくれてたはずだし、だとすればそれが運命じゃないかな。」とか、身近な人を不快にさせることを思わず口にしてしまうこともある。でも、これも本心。自分がここからいなくなることは悲しいけれど、ここにいなかったとしてもそれで悲しさを感じることはない。だってここにいる幸せを知らないから。

ここまで書いてしまうと、自分の主張の矛盾点にも気づいてしまって…「ならば、どうせ悲しまない赤ちゃん患者のことじゃなくて、患者の親の幸せを考えようよ」と主張されれば、俺には反論出来ない。でもそれは、意識の回復の見込みの無い人の延命装置を外していいのかという話と似たところにあるような気もしてきて、最後は倫理学とか哲学の話になるんだよな。

ただ願わくば、「患者の受ける医療の質」より「患者の親のアクセス」を優先する主張をする人達には、それだけの価値判断を伴っているということを忘れないで欲しい。

・・・ということをね、今日ルームランナーにのっていて、最後の15分に1分0.1マイルのペースでスピードアップしていくことにチャレンジしていて、苦しそうな自分の表情を見ながら、思っていたのです。
| - | 06:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
この一年をかけて準備したMBA対抗のシミュレーションゲーム全国大会で、負けたときに思うこと。
リトルフィールドという工場の生産管理シミュレーションゲーム。多くのMBAでオペレーションの授業に使われていて、それを使ったMBA対抗の大会まであります。俺は、クラス内でトップになったチームを率いていたということもあって、それでクラス内選抜チームを構成し、去年もこの大会に出ました。

去年の結果は3位。でも、1位もうちのMBAだったので、おまけ的な扱いをうけるという。それもあって、それから一年ずっと今年の大会で1位になることだけを考えて、ここ三ヶ月くらいは空き時間はひたすら準備に割いてきたといっても過言では無いくらい準備してきました。

準備というのは、様々な戦略を取って、それがどのようなキャッシュフローを生み出すかを試算するスプレッドシート。かなりの精度までそれを完成させたし、チームメイト(去年と同じアメリカ人&ブルガリア人)にはそこにインプットするデータを効率的にDLする方法を練ってもらったのです。その意味で、準備は万端でした。

いざ大会が始まると、かなりこのスプレッドシートの精度がいいのです。しかし、このシートは、戦略を分析するのには使えるが、当然どの戦略を取るかの判断は自分達でしなくてはなりません。150チームが参加する中で1位になろうと思えば、平均的に一番大きなキャッシュフローを生み出す戦略では勝ち目が無い。

ある程度のリスクを取らないと1位にはなれない。しかしそのリスクを最大限抑えながら進む。分析ツールが手元にあるということは、そのリスクに向き合うということであり、精神的にはかなり辛い大会でした。それこそ無知で、自分達がベストと思う戦略に、無防備に突っ込んでいった去年の方が楽でした。

3日間の大会の3日目になって私達のキャッシュフローは2位で安定。しかし1位とは、無視できない差があったし、後半に巻き返してくる戦略のチームの存在も見えてきていました。そこで俺達は何をするべきだったのか。

このゲームのセオリーは、原材料の在庫超過のコストよりも、原材料が無いことで失われる需要の方が大きいので、厚めに原材料調達をかけるということ。それがキャッシュフローを「平均的に」最大化する戦略です。1位のチームは当然そうするでしょう。そうであるならば、私達の戦略は決まったも同然。厚めの在庫調達をせずに、ぴったしの在庫調達をかけること。これと同じ判断はゲームの前半にもあって・・・

後半巻き返しタイプの戦略はリスクが少ないのです。だから最後のキャッシュの量もかなり正確に読み当てることができます。一方で我々が取った高バリュー商品を生産し続ける戦略は、リスクが大きいとは言え、後半巻き返しタイプが辿り着く金額を大きく越える可能性をも秘めていました。それがただひたすらに1位を目指す我々のするべきことです。

そして結果を言えば、二つとも読みははずれ、リスクテイクが裏目に出て、最後は見るも無残に、むしろ気持ちいい程までに、25位に転落していきました。だから俺達の勝負は完全に負けです。悔しいか?そりゃあ悔しいですよ。俺のMBAライフの集大成のつもりで準備してきましたから。

でも、負け犬の遠吠えと分かっていて、あえて言いたいのだけれど…負けるならこの負け方だな!と。俺達の準備したツールは完璧だったし、リスクも理解した上で、しっかりと意識的にリスクテイクしてきた。その上で、選んだ作戦の中で、自分達のとったリスクが原因で負けていくとすれば、それが一番負けた中では納得が行くのかと。

今回の大会に向けて、色んな人がサポートしてくれたし、その人達には本当に悪いなと思います。最後の意思決定を必ず俺にゆだねてくれたチームメンバーにも悪いなと思う。みんなのことを思っていれば取れるはずの無いリスクを、俺はむやみにとってしまっていたのかもしれない。

それは本当にごめんなさい。でも、俺には今回1位以外無かった。だから取ったリスクを後悔なんてしていない。ただ、1位の賞金3500ドルのうち少なくとも1000ドルは、日本に募金するということで話をつけていたので、それが叶わなかったということだけは、残念なんですけどね。
| - | 18:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
米系航空会社が、運航の効率化を図るため、羽田デトロイト便の運航休止を予定していたのだが、その開始が3日間前倒しで突然開始された上、その空港カウンターでの日本人への応対が悲惨だった話。アメリカでの交渉ごとは難しい。。
まず、客観的な事実関係から言うと、

3/17 12:00amEST この航空会社は、「このたびの日本における災害発生に伴い、運航の効率化を図るため」、3/23以降のLA羽田便、3/24以降のデトロイト羽田便、の運航休止を発表。この航空会社による発表

3/21 9:30amEST この航空会社は、3/23以降のLA羽田便、3/24以降の羽田発デトロイト行き、3/21以降のデトロイト発羽田行き、の運航休止を発表。この航空会社による発表

以下は、個人的な体験や解釈ですのであしからず。

ここで困るのは、3/21の朝に突然3日間前倒しで実行された、デトロイト発羽田行きの運航停止。その日の夜に飛び立つ便から影響を受ける。そんな朝の発表など知る由もなく、午後に乗客は空港に集まり始める。そのとき、NYのラグワーディア空港LGA(デトロイトへの便が飛び立つ)のカウンターで体験したお話。

そこで俺はどういう立場かと言うと、妻がその便に乗る予定であり、また、英語が通じずに困っている日本人達をみかねて、係員からカウンターに呼ばれた立場。


その1:日本人の二人組A 俺がこの状況を把握する回

係員A「日本語と英語できる?」
俺  「うん」(列の中からカウンターに呼ばれ)

係員A「この人達に説明して欲しい。あなた達のデトロイト便はキャンセルされました、due to natural disaster。私達が用意できるのは、明日のお昼に出発するNY JFK空港からの成田直行便です。到着は予定より一日遅れます。」
俺  「えーっ、困るよ。俺の妻もその便なんだけど…まあ、それは後で話すけど…この人達に何か補償はないの?」
係員A「これはnatural disasterだから、私達には何も出来ないのです」
俺  「まあ、話してみるよ。」
 俺>二人組A 説明
 二人組A>俺「えーやっぱりそうなんですか…」

俺  「せめてホテルのディスカウントとか、ここからの交通費とか、何かあるでしょ」
係員A「日本のnatural disasterだからね。下のインフォメーションデスクに行けばホテル情報はあるわ(どこの空港にもあるやつ)。で、あなたは私が言ったことは伝えてくれたの?」
俺  「まあ…伝えたよ」

係員Aは二人組に代わりのチケットを押し付ける。
俺>二人組A「下のデスクに行ってもいいし、俺の妻も同じ状況かもしれないから、一緒に対策考えてあげることもできるよ。もしそうしたければそこで待ってて」


その2:俺の妻 俺キレるの回

俺  「彼女の便がキャンセルされたと聞いたんだけど」
係員B「あなたは、午前中にここに来るべきだったわ」
俺  「今、なんて言った?」
係員B「あなたは、午前中にここに来るべきだったわ」
俺  「なんでだよ。ここに書いてあるのは夕方の便だろ」
係員B「便は変更されたのよ。そしてあなた達が知らされてなくても、それは旅行代理店の責任です。私達はあなたの連絡先を知らされていません。次に用意できるあなたの代わりの便はこれね。」(JFK発、LA経由のチケット渡される)

俺  「じゃあ、いつ、どういう内容の通知を旅行代理店にしたのか、教えて」
係員B「19日にはしています。その前に私を指差さないでちょうだい。」
俺  「すまんね。じゃあ、その通知をプリントアウトしてくれ。」
係員B「…」(他の係員がかけよってきて、二人で作業)
係員B「より早い便に変更したわ。」(この便だと妻がちゃんと仕事に間に合う可能性が高い)
俺  「ありがとう。」

(でも、いい便を引き出すためにゴネたことになるのは、やっぱり恥ずかしいので)
俺  「では、プリントアウトよろしく。please. please. please.」
係員B「プリントアウトできるかどうか分からないわ」
俺  「try!」
(裏から紙を持ってきて渡す)
俺  「どこに日付書いてあるの?あと、あなたの署名と今日の日付をよろしく」

事後的に分かったことだけど、最初に書いたように、19日の通知は24日以降の便に関する通知と思われる。何しろこの日21日の飛行機のキャンセルは、21日に朝に発表されたわけだから。つまり、この係員Bは(意図してか、意図せずかは分からないけど…)おそらく正しくない理由付けで、この航空会社に責任が無いことを説明していたわけ。

その1つづき
二人組Aがどうすればいいか話し合い。結局、JFK近くに住む友達の家にお世話になれそうという話になる。よかった。ただ、この間に困っている日本人が他にもいることが判明(二人組B)。一緒にカウンターに行ってあげる。


その3:日本人二人組みB&C 俺なだめられるの回
係員C「この二人の便は、明日のJFKに変更ね。あと、後ろにいる二人も同じだから、ちょっと一緒に伝えてもらえる?」
俺  「わかった。でも、俺の妻はLA便に変更されたんだけど、この人達にその可能性はないの?」
係員C「ないわ。これがこの人達に提供できるベストなオプションなの」
 俺>二人組B&C 説明
 二人組B&C>俺 「でもホテルとかどうすればいいんですかね?空港に泊まれますかね?」

俺  「この人達に補償はないの?せめてカスタマサービスを紹介してあげて」
係員C「今、電話でその話をしているわ」
俺  「あとJFKって24h?この人達、そこで待つことできるかな?」
係員C「そうだと思う。」(電話を切って)
係員C「今回の件はnatural disasterだから、私達の航空会社には責任が無いの。だから明日のJFKのチケット手配以外、何もしてあげられない。」
俺  「俺の妻はLA便への振替えが出来たんだけど」
係員C「それはラッキーだったわね。あなたは大丈夫なんでしょ。あとは、この人達に説明してちょうだい。」
 俺>二人組B&C 説明
 係員C>二人組B&C「あなた達はこの人に感謝するべきよ。」(英語)
 俺>二人組みB&C「あなた達はこの人に感謝するべき…なんだって」(日本語)

この途中で、係員Cは、明らかに二人組B&Cの予約クラスの話をしていた。他の係員が「この便は?」というと「この席のクラスは高すぎる」とか言っていたし。後でわかったことだけど、どうにもLA経由のルートは、LAから日本の空席は問題無く、LAに行くチケットの問題。この区間に、自社便の低いクラスの飛行機が殆ど無かったことがネックになっていた様子。

この後、俺の搭乗手続きの時間が迫ってきたので、二人組BとCのホテルの手配を手伝ってあげることも出来ないまま、俺はコンチネンタル航空のカウンターへ。俺にも別の飛行機があることを知って、「(俺の)飛行機の時間は大丈夫なんですか?」と聞いてきてくれていたので、それがしやすかったんだけど。自分達の大変な状況にも関わらず、こういう風な思いやりが出来るというのは、やっぱり日本人の強みなんだろうなーと。

コンチネンタルのカウンターに行くと、便に遅れが出てて、乗り継ぎに懸念があったんだけど、すぐに別の便(実はこの航空会社の便)を用意してくれた。「JFK出発でもいい?もちろん直行便だから」とちゃんと聞いてきたし、JFKに急がなくてはいけなかったんだけど、その行き方の指示も分かりやすかったし、いやあ素晴らしい対応。それで妻と一緒にJFKに。

こうやってみると、
・コンチネンタルだった俺は、遜色ない代替便
・抗議をした(俺と一緒の)妻は、遅れの少ない代替便
・何も言えなかった二人組みは、丸一日遅れる代替便
という差に辟易とするし、

予告から三日前倒しで実施した、自己都合のキャンセルにも関わらず
「日本のnatural disasterの影響で」という説明をするように統一した
この航空会社のマネジメントの姿勢に、強い嫌悪感を覚える。

この航空会社は日本に100万ドルの寄付をしたわけで、それはもちろん日本にとって感謝すべきことなんだけど、それと同時に、こういう風に普通の日本人旅行客が軽んじられていたというのも事実。こういう日本人旅行客にちゃんと代替便の手配をするとして、そのコストは何万ドルになったんでしょうね。

そして、そもそもの話。需要減で羽田から一時撤退するこんな航空会社からは、しっかりと羽田の発着枠を没収してあげるべきだと思う。別に、この航空会社がビジネスを続けることには、何の異論もない。彼らは利益を最大化したいだけで、三日間の前倒しもその流れでは非常に合理的。これは、一時撤退するコストがゼロだし、いきなり便をキャンセルしても文句を言う日本人が少ないから。

だからこそ、日本の当局はちゃんとルールを定義してあげるべきだと思う。一時撤退する(しかもそれを前倒しする)コストを航空会社に課しておかないと、今後も航空会社は同じことをしかねない。もし羽田空港の国際線を、より便利で価値あるものにしたいのであれば、こういうマインドセットの航空会社は、ちゃんと別の空港に集中してもらた方がいいと思うのですが。
| - | 07:01 | comments(4) | trackbacks(0) |
この大震災の中、海外に住んでいて感じる苦しさのようなもの
ネットの進歩って凄いもので、海外に住んでいても、国内にいるのと同じくらいに情報が入って来ます。でも、それっていいことなのかどうか…情報は届く一方で、遥か離れたところ僕らには節電をすることすら出来ない。

という考えを持ってるとPTSDになってしまうよと注意してくれたtwitterもまた、インターネットの進歩なわけで。そうすると、海外でも自然と立ち上がる募金・義捐金の活動についても「これはPTSD対策の一つでもある」と思うようになって来るのです。

それは実感としてもやはりあって、この一週間で特に落ち込んだときというのは、「自分のこの活動への貢献が、想定より低くなってしまう」とか、「自分は、この活動にとってむしろマイナスなことをやってしまったのではないか」とか、そういうときで。結局、「何かプラスのことが出来ている感」に頼っている自分がいるのです。

でも、このままでは本当にPTSDになってしまいかねない。なので今週末はサンディエゴを離れようと思います。サンディエゴにいて、一緒に活動をしている人達からいったん離れておかないと、そこに依存してしまいかねない。

結局、気をそらすことが大事なのです。100%地震を忘れることはなかなか難しいわけですが、被害状況でないことに目を向けることは出来ます。例えば@NHK_PR のかっこよさを何度も読み返してみたり、枝野さん信者になって、記者さん達には怒りを覚えてみたり。

でも、そんな中で一番自分にとってよかったなと思ったのが、伊集院さんのラジオでした。学生の頃からずっと好きな「深夜の馬鹿力」、その今週月曜の放送です。たったの3分、でもこんなにかっこいい放送はありません。そして、海外でやや不安定な気持ちになっている自分にとっては、一番の救いだったのです。

伊集院さんをはじめ、プロデューサーの池田さんにも心から感謝したいのです。続く火曜は、爆笑問題の太田さんが、それでもボケようとしているのが響いてきたし 、水曜の山里さんは、面白くできないけど何かを伝えようとしているもどかしさが、これもまた凄く伝わってきました

まあ、何よりもあと一日で東海岸で会える嫁さんが一番の処方箋なのは疑いないのですが。
| - | 21:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
センター試験のとき、それからの10年間について予想しなかったこと
俺がセンター試験を受けたのが10年前、2001年。普段通っている校舎で受験したものの、幾つかの景色は頭の中に鮮明に残っています。

・ うちじゃない制服の子ですごく可愛い子がいたこと。
・ 地歴で失敗した連中に休み時間「現代社会」をレクチャーし続けたこと
・ 物理終了後、友達と話してたら即座にミスに気付き、たっら4点なのにあまりに凡ミスすぎてしばらく動けなかったこと。

それから10年後、サンディエゴの陽気な朝に、ブログを書いているなんて想像だに出来なかったでしょう。振り返れば、当時予想だにしていなかったことが、毎年のように起きて今の自分がある気がするのです。

2001年 
大学合格。英語嫌いなのにESSに加盟。他大学経済学部への再受験を検討

2002年 
後に結婚する彼女が出来る。理系から経済学部へ底点でなんとか進学

2003年 
ディベート強くなる。コンサルジョブゲットも、その後内定取れず、うつ

2004年 
就職内定。政治に興味無いのに議員インターン。ディベートOB達と大喧嘩

2005年 
卒論で賞を取ってしまう。就職、同期内で好き勝手やれるキャラをゲット。

2006年 
支店生活を満喫後、海外担当部署に配属され泣く。その部署に馴染めず泣く

2007年 
担当分野でサブプライム発生で偉そうになる。その後部署が楽しくなる

2008年 
留学に向けて英語を猛勉強する。プロポーズする。勉強のやる気途切れる

2009年 
海外出張トラブル続出。結婚。MBAに出発。勝負にこだわるキャラが定着

2010年 
MBA対抗コンペで全米3位。興味分野が数学経済に戻る。英語に少し慣れる

でもこれは、俺の10年は変化に富んでいた!というだけの話では無いような気もしていて、大学受験からの10年は、きっと誰にとっても大きな変化に直面する時期だと思うのです。それが他の人には、あるいはその変化を経験している時の自分には、とても些細なことで、自然なことに映っていたとしても、高校生だった自分からすれば信じられないような変化。そう思うと、これから10年のなんだかすごいダイナミズムの中に巻き込まれていく受験生を、海の向こうから心から応援したくなるし、羨ましいとすら感じるのです。

まあ、俺は大学受験は成功でした。その後も勉強をするというスキルには幸い恵まれてきたし、プレゼン力や、デスクワークのスキルもまあありそうです。だからこうやって振り返られるのかもしれません。だから、そんなに「受験生の皆さん、これから10年間は、きっと楽しい予想外の出来事がいっぱいでね…」とか偉そうに一般化して語るつもりはありません。

極端な話、人によっては思い出したくもない10年になることもあるのだろうから。コインを一年に一枚ずつ投げて、表が出たらプラス、裏が出たらマイナスだとして、裏が出続ける人だっているのでしょう。努力をすれば表を絶対に出せるようになるとか思わない。たまたま重要なところで表が出続けた人が「夢はあきらめなければ必ずかなう」とか言ってるのを見ると、「夢はあきらめなければ、かなうか死ぬか」でしょ?と否定的に受け止めてしまいます。

でも受験勉強でも何でもいいから頑張っていれば、あるいは頑張っているつもりなくても、何かに打ち込んでいれば、表が出る確率が5割から6割とか7割にはあげられるんじゃないかなとも思うのです。10回連続で裏が出る確率は5割のとき0.1%、6割で0.01%、7割で0.001%。もちろんゼロにはならないけど。

だから今彼らが頑張れていることがあれば、その頑張りが報われるように、その頑張りを続けられるように、祈っているのです。今思えば何もわかっていなかった10年前の自分を想像し応援しながら。
| - | 03:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
福高のラグビー全国大会出場が嬉しくなって見に行った28日の本郷戦
自分は福岡高校出身というだけで、
ラグビー部では無く、そこまでラグビーが好きというわけでは無く、
愛校心もそんなに強くも無いのですが、

襟章がラグビーボールで、
クラスマッチでは必ずラグビーを経験して、
ラグビー部の連中(推薦組もそうでない人も)同じクラスに同居する
そんな高校生活を送ったので、やっぱり母校が花園出場と聞いて、
嬉しいわけです。

そしてちょうど海外留学をしている身分にあり、
クリスマス休暇なんていう都合のいい休暇中だったもので、
思わず見に行ってしまったのです。

そのときスタンドから取った動画にあるように、
スタンドはかなり盛り上がってました。
卒業したての大学生っぽい人、おじいちゃん、俺くらいの働けよ世代。
色々いる中で、ハーフタイムに応援歌を「千代原頭〜」と歌うのは、
なんだか感慨深いものもあって。

福高では入学直後に応援指導というものがあり、
応援団やその他怖そうな人達から応援歌等の指導を連日受けます。
何のためになるか分からないこのスパルタ風のレッスンのおかげで
全員が歌えるようになる応援歌。

とはいっても、その応援歌を歌うのは学校内部での学校応援ばかりで、
いわゆるスポーツの応援のために歌ったことは一度も無かったのです。
それが、こうやって歌う機会が卒業後10年で訪れたというのがね。

まあ動画にもありますが、現役生の後ろのOB席では、
1番と2番の歌詞を混同して似た歌詞の部分は弱気になってます。
「肉弾の声」と「玄海の波」とか
「勇者九州男の」(ますらくすお)と「春日原頭」の部分。

それでもまあまあ歌えてしまうのは、人間の記憶ってすごいっすね。
応援団の指導が凄いとも言うが。正直言って、現役のときは
応援団なる存在が好きではありませんでした。

自分が進行長をやった体育祭で、応援指導を受けずにテントに居て、
楽にしてくださいダッシュをやらんかったのは、どこかで応援指導を
受けたくないという気持ちもあったのかもしれません。
まあ基本的にはそのダッシュの間待たせるのが忍びないっていう
ことやったんやけど、その忍びないって感覚も応援指導に
ネガティブな気持ちがあったのかもしれません。

MBAの組織論の中で、このようなスパルタ的指導の意味合いを
真剣にディスカッションして、科学的な意味合いを理解してきた、
そういうのもあるのかもしれないけど…いずれにせよ10年たって、
応援歌指導を肯定的に受け止めるように変化しつつあるなと。

さて、応援席というのは実は試合が見にくいというのもあって、
最後後半30分ギリギリの逆転認定トライは、走り抜け始めた
その瞬間は見えたのだけど、その後は総立ち状態で何が起きたか
分かりませんでした。その後しばらくして主審の手を上げる姿で
どうやら認定トライやったらしいと知るという。

なので動画もその瞬間はスタンドの様子だけ。
まあ、それが本当のスタンドの様子なのだけど。

試合終了後、三年のときの担当の先生が「また来んといかん」と
話しかけてきて、どうやらバスでいったん福岡帰って、二日後また
バスで大阪まで来るという話。でもその顔はすごく嬉しそうで…
そういうのはグッと来たね。

他の先生としばらく話した後、歯医者の予約があったので、
急いで新大阪へ向かったのでした。

結局、先ほどの二回戦で大阪朝鮮に12対48で負けたのだけど、
2トライしたようだし、それはよかったね。
皆さんお疲れ様やね。先生達も。
| - | 10:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
Winter Coffee Chats with Current Rady MBA Studentsのご案内
Interested in meeting with a current MBA student over the winter break?

This is the perfect opportunity to do so if you are located near San Diego, San Francisco, Minneapolis/St. Paul, West Palm Beach, Fla., Bangkok, Thailand, Beijing, China, Copenhagen, Denmark, Hiromshima and Fukuoka, Japan, and Wurzburg, Germany.

Appointments are available from Dec. 18 at 1 p.m. to Dec. 31 at 2 p.m.

To schedule a coffee chat, please contact Kate Mickle directly by Thursday Dec. 16 at kmickleあっとucsd.edu.
Happy Holidays from the Rady School of Management!

というか日本の方は直接ここにコメントしてもらえればそれでOKでーす。Radyの学生の少なさ故、開催地が少なくてすんませんねー。
| - | 02:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
日本人ディベーターの英語ディベートに正しい英語を求めるべきなんか?
twitter:ninbenkinbenで発言したことの意図説明含めて…
(やっぱ140字では難しいこともあるね)
英語アカデミックディベートをやっている日本人が正しくない
英語をよく使っていて、それがたまに問題とされます。

確かに中学レベルの文法すら無視して喋っているのに、
そこで語られる言葉の用法がネイティブも知らんレベルの
ものだったりするのは、ちょっと可笑しい。微笑ましい。

でもそれを正そうとするのはね…うまくやらないとね。

まずそもそも「正しい英語」が英語ディベート界の主流
だったことなんて一度として無いと思う。

自分達のやってきたことを棚にあげて後輩に理想を
押し付けるのは、どうせ成功しないよ。
後輩達は自分達と同程度に頭いいんだから、
そんな先輩達の戯言は「うざい」フォルダ行き。

特にうざいのが、社会人とか留学帰りのOB。
普段はジャッジにも来ないのに、突然現れて、
正しい英語論の熱弁をぶちまけて、言って満足。
そんなのは貴方様の同窓会でしてください、
現役からすればほっといてくれって話。
(まさに俺がこれだwま、自分のブログなので許して)

でも同時に、正しい英語に少しでも近づくように、
現役世代を「うまく誘導する」ことは、
すごく望ましいと思うのだ。

留学してて思うのが、たまにカチンと来たときに
リズミカルにまくし立てることがあるけど、
それがもっと正しい英語で出来たらなーと。

正しい英語に損は無い。でも、現役に強制したって
無駄よ。そして数年後また同じ議論が繰り返される。
だから「誘導」なんよ。現役ディベーターの嗜好を
うまく使って誘導しなきゃ。それが出来るのは、
引退後2〜3年の現役のことが分かるジャッジ。

それは、おじいちゃんOBがやっても何の効果も無いの。
奴らはジャッジの数が足りないときの数合わせでよくて、
現役ディベーターに広く影響を与えようとかすんなと。
むしろ現役の態度を硬化させるだけなんだと。

一部にはすごく慎重にいい影響を与え続けている人も
いるとは思うんだけどね、そんなおじいちゃんに
なれる人って、そんなに多くない。これは経験的事実。

「経験的事実」という反論出来無い反則技のついでに...
過去に何度かの「正しい英語論争」をみてきた経験から、
偉そうにジャッジ現役世代の君らにアドバイスをするならば、

まずはジャッジが、正しい英語を聞いて「なるほど
分かりやすい」と思える程度のリスニング力を
磨かなくてはね。そうすれば、正しい英語の方が、
ジャッジに伝わり勝ちやすい、というのが現役に
浸透していく。

次にリフレクで英語の評価も出来るようにならないとね。
英語のダメな人を怒っても萎縮するだけ。効果無い。
むしろ、正しい英語を使おうと頑張っている人を
褒めることが重要。

かと言って、バロットを書き換える必要は無い。
あくまで、その英語で伝わってきたロジックで、
ディシジョンをくだすというのが、大前提のはずだから。
それが嫌ならパーラーという素晴らしいスタイルも
あるのだからそっちに行きなさいよと。

あるいはNAFAなりが何かできるとすれば、正しい英語に
価値を見出さない人の逃げ道は確保しつつ(これ重要)
ゲームっぽく、英語力のメジャーを加えるとかね。
年に一度のTOEFL褒章制度とか(帰国子女は別枠ね)
勝数同じのときはTOEFLの点数勝負の大会とか。

そーんなことを思いつつ140字なんて無茶な話だ。
| - | 00:22 | comments(2) | trackbacks(0) |
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